◇ 大日野カルコの 「じみつぶ日記。」 〜Vol.67〜  ◇
 
〜じみ女子絵日記。じみ女子とBOOMの思い出。〜
大日野カルコの「じみつぶ日記。」〜じみ女子とBOOMの思い出。〜


THE BOOMが結成25年目に解散を発表しましたね。

王道ではないけれど、かくれ国民的バンドだった気がします。
かくいうわたしもBOOM大好きでした^^ 
曲もよく聞いてたし、ライブにも一番多く行きました。
でも大人なって中々言えなかったんですよね。

というのも。
BOOMの思い出といえば。。
ハマってたとき(中学から高校にかけて)の自分が超キモかったから。
音楽ウンヌンよりも完全なるボーカル”MIYA萌え”でしたf^_^;

姉ちゃんと一緒にBOOMのライブビデオ鑑賞会で衝撃的だったのが。
当時(島唄前〜faceressman)くらい?MIYAはライブ中の上半身裸率が高く。

美青年が汗かいて半裸で歌ってる姿というのがイモ中学生には本当にシゲキ的だった。
”萌え”ていう感覚が当時わからず、生まれて初めて男性に色気を感じるという初体験だったのです。
(もち本人から醸しでてる知性やその他モロモロふくめての色気)


大日野カルコの「じみつぶ日記。」〜じみ女子とBOOMの思い出。〜
 

キャッチコピーつけるとしたら”歩くフェロモン”とか”ミスターセクシー”とかだと思います。
あかん、完全に萌えメガネかかっとる。


大日野カルコの「じみつぶ日記。」〜じみ女子とBOOMの思い出。〜
 

それから。。



大日野カルコの「じみつぶ日記。」〜じみ女子とBOOMの思い出。〜
 

沸き起こるパッションの発散方法、我ながらマジでじみ!!

ということで、ミュージシャンをヨコシマ目線で好きになったのは宮沢さんくらいで分別のつく
大人になって「わたしBOOM好き〜!」とこっぱずかしくてスッと言えなかったんですよね〜。
言えてよかった、よかった。
あと思い出といえばもう一つ。

MIYAが笑っていいとものテレフォンショッキングに出演する予定だった当日に、
阪神大震災がおこったんです。たしか。
ビデオ予約してたのに、それどころじゃなく結局見れなかった。
そしたらその年にBOOMが神戸までチャリティーコンサートに来てくれたんです。
あれ、うれしかったなぁ〜^^



大日野カルコの「じみつぶ日記。」〜じみ女子とBOOMの思い出。〜
 

「BOOMとしてやれることはやりきった、日本一幸せなロックバンドでした」
の言葉。
音楽性やバンドスタイルに真摯に向かい合ってずっとマイウェイに
真剣にやってたからこそ言いきれる言葉だと思います。
ロックミュージシャンやなぁ〜ステキすぎる。

分別のつく大人になって今度は正々堂々といえますね。
やっぱMIYA萌え!^^



2014年4月1日
 
-PROFILE-

大日野カルコ(ohino karuko)    

漫画家・イラストレーター。
兵庫県生まれ、在住。

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